「東大脳」と「京大脳」 ~コレで息子を東大に!?シリーズ⑫【番外編】~

「コレで息子を東大に⁉️」シリーズ

テレビのクイズ番組で、東大出身の芸能人などが出演しているのを目にすることが多くなった。東大出身であることが極端にブランド化し、テレビや出版業界などのマスコミでも「東大脳」という単語が普通に使われている。「頭がいい」ということの代名詞として「東大脳」と記号化したのだろう。

「東大脳」本がたくさんある

もちろん東大に合格するレベルの人間は頭がいいのだろう。しかし、ひと口に「頭がいい」といっても、いろんなタイプの頭の良さがある。

息子はホントに頭がいいのか?

最近、息子と話していて感じることがある。親バカで、これまでずっと息子のことを「頭がいいヤツ」だと思っていたが、実は意外に思考力は弱いのではないか?

物事の見方が表面的で思考に深みがない、と感じるのだ。なんでもサッと理解して、パッと答えを出して、それ以上ひとつのことを深く追求しようとしない。

他にもこんなことが考えられるんじゃないかとか、実はこんな裏があるかもしれないとか、一つの事象を多面的にいじくり回して遊ぶ?より、さっさと次の事象に興味が移る。

年齢によるものもあろうが、私が30歳前後のころは、もう少し深くいろいろなことを考えていた、と自分では思う(世の中をうがって見ていただけかもしれないが?)

「東大脳」の正体は?

東大合格をテーマにした受験漫画『ドラゴン桜』では、東大合格に必要な能力は「事務処理能力の高さ」だと断じている。

大量の問題を短時間で次々に処理していく能力がなければ東大には受からない。一つのことをじっくり深く考え過ぎて、時間切れになってしまうような要領の悪い人間?は東大の入試には向かないのだ。

これは東大が、優秀な官僚のタマゴを排出することを目的としていたから、入試問題もそういう傾向にすることが合理的だったのだ。

東大合格には「処理能力の高さ」が不可欠?

なので、早押しで勝者が決まるクイズ番組では、東大出身者は適役なんだろう(だから京大出身のロザン宇治原は最近ダメなんじゃね?笑)。そういえば、ウチの息子も子供のころ、テレビのクイズ番組を見て、家族の誰よりも早く正解を答えてたっけ。

人間は他人との相対感の中で自己を定義していく生き物である
世界中に自分一人しか存在しなければ、自分の能力がどの程度のものであるかということを確認する術がない。例えば100メートルを9秒フラットで走れる人間がいたとして、もし彼が無人島で一人で生きていたとしたら、実は自分が世界一足の速い人間であるとい...

対する「京大脳」とは?

一方、京大の入試は、問題数は少ないが、一問の内容が深く難解で、じっくり考えなければ決して答えにはたどり着けず、記憶力を駆使して終わり、という単純な問題は出ない。

これは京大の目的が、官僚養成ではなく、ノーベル賞を取るような探求型の人間を育てることだからだ。要領がいいだけの秀才ではなく、物事の本質を根気よく追求し続けられる脳ミソを持った素材が欲しいのだ。

今はどうか知らないが、私が受験した頃はこんな都市伝説?があった。京大入試の採点では、間違った解答をしても、消しゴムで消した跡まで読んで思考プロセスそのものを評価してくれる、と。つまり、表面的な結果の正誤だけではなく、コイツは本当はどこまで考えたんだろう、ということを真剣に知ろうとしていたのだ。

もともと京大は、反中央・反権力を旨として西園寺公望が設立した学校なので、あえて国の中枢である東京から離れた京都に置いた。だかr、既成勢力に対する批判精神が旺盛で、既存の概念にとらわれない自由で独創的な校風が特徴なのだ。

「受験界の異端児」?京大

「京大はダメです!」と塾の校長が・・・

そんな京大の特異性(異常さ?)を示すエピソードがある。以前にも書いたが、息子をTSハイスクールに入学させる時の校長との会話が端的に物語っている。

京大はダメでしょ!

東大クラスに入ることを泣いて嫌がる息子を見て、私が「それなら京大クラスにするか?」と言った時、校長が血相を変えて止め始めた。「京大はダメです! あそこは学習指導要領を無視して難問奇問ばかり出すから、いくら勉強しても受かる保証はありません。東大ならルール通りの問題しか出さないので、ちゃんと勉強すれば合格できます!」

東大合格者数ナンバーワンの塾の校長の認識がこれなのだ。昔も今も、京大が受験界の異端児なのは変わってないようだ。

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「東大脳」と「京大脳」の違いとは?

偏差値35から東大に合格し「ドラゴン桜2」の編集者でもあった西岡壱誠氏曰く、

東大は「思考の速さ」を求め、京大は「思考の深さ」を求める、らしい。

「東大脳」という言葉はあっても、「京大脳」というのはあまり聞かないが、同じ「頭がいい」であっても、両者は全く違うタイプの頭の良さだ。

だから、頭が良いことのアイコンとしては「東大脳」だけでなく、「京大脳」という別タイプの頭の良さのアイコンがあってもよさそうなものだ。ステレオタイプ的にあえて両者の特性を分けるとこんな感じか。

東大脳は、与えられた内容を効率的に記憶・理解し、それに基づいた正解を素早く導き出すのが得意。一方で、インプットされていない事象に対する応用力は弱い。

京大脳は、単純記憶や処理速度はたいしたことないが、インプットされていない事象でも、その本質を捉えてゼロから解決策を考えるのが得意。

同じ脳でも機能は大きく異なる

なので、東大出身者の中には、実社会に出てから通用しない人もいる。実社会は未知の出来事の連続なので、そういう場面での対応力が弱ければ生き残れない。

一方の京大出身者は、マイペースなので社会に出てもどこか学生時代と同じように浮世離れしたままで、俗世のことにあまり関心がなく、周囲と合わせる気もないので、社会になじめないタイプも多い。

平時の実務者(東大脳)、有事の突破者(京大脳)

そんな東大出身の官僚たちが、日本の「失われた30年」を生み出してしまったのではないか?という気がしてならない。

太平の世なら、過去から蓄積された知識で前例踏襲型の対応をし、問題を早く多く処理すれば済む。しかし、これまで経験したことのないような「バブル崩壊」や「リーマンショック」、さらには阪神淡路大震災や東日本大震災などの有事の前では無力だったのではないか?

前例のない出来事が次々に起こる

そんな有事の際には、前例にとらわれない京大脳を持った官僚がもっといれば、未曾有の出来事に対しても何とかしたかもしれない。あるいは、考えすぎて対応が遅くなり、結局、何もできなかったかもしれないが。

「勉強「」できた」タイプの京大生

昔、私の周りにいた京大生たちは、色々やって、たまたま勉強もできたし、関西で実家からも近いから京大にきた、というタイプが多かった。ガリ勉臭がせず、スマートな印象のヤツが多かった。

子供のころから「東大合格」を目標にする親子はいても、最初からわざわざ「京大」を目標にする人はいないだろうから、お受験の連続で疲弊したタイプは京大には少なかったのだろう。

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本物の天才は京大ではなく東大の中にいる?

東大出身者にも深い思考力のある人はもちろんいる。そいう人は思考力も深いうえに、さらに処理能力も高い本物の天才だろう。

かつて私の職場に、私から見て「この人は本当に頭がいいな~」と思う先輩がいた。その人は宮崎県の高千穂から東大に入った。そういう天才はどこで生まれ育とうが、圧倒的な実力で必然的に東大に入っていくのだ。

高千穂から天の岩戸を開けて・・・

地方の村で誕生した何十年に一人の村一番の天才児は、わざわざ京大にいくことはなく、東大にいくだろう。東大にはそういう人材が日本全国津々浦々から集まってくるのだ。だから東大の中には、日本でトップ・オブ・トップの本物の天才も間違いなく混じっているはずだ。

あくまで京大しか知らない私の独断と偏見なので、ホンマのところは、知らんけど(^^)

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