「時間の地上げ」で24時間しかない1日の細切れ時間の上にタワマンが立つ!?

総帥の独り言

「地上げ」は悪いもの?

「地上げ(じあげ)」と聞くと、バブル期のダーティーな印象が強く、今でも「悪いもの」というをイメージを抱くかもしれない。映画「マルサの女2」で、古い小さなそば屋にヤクザの「地上げ屋」がダンプカーを突っ込ませ、立ち退きを迫るシーンなどが象徴的だ。

「地上げ=悪い」というイメージ?

現在では、露骨なコワイ「地上げ屋」はいなくなり、「地上げ」という言葉も聞かなくなった。しかし、もっとスマートな別の何らかの方法で、細切れの土地をまとめて広大な敷地に仕立て、そこに巨大なタワマンなどを建てている、という構図はバブル期と変わっていない。

「地上げ」の際の脅迫や嫌がらせ行為は当然「悪」だが、「地上げ」の結果生じる事態そのものは、経済的には合理的なのだ。

「地上げ」がなければタワマンも建たない

「地上げ」の本来の意味

ここで言う「地上げ」とは、小さな細切れの土地をまとめることによって、「地(面の価値を)上げ(る)」という意味での「地上げ」だ。

「小規模のものをまとめて大規模化することで効率を高める」という行為は、土地に限らず普遍的な合理的行為である。なので、「地上げ」そのものは経済合理性に則った普遍的行為であり、バブル期でも令和時代でも、さらにもっと大昔から変わらない。

「たわけ者」の由来は?

「たわけ者」というのは「愚か者」という意味だが、この語源は「田分け者」だという説がある。「田んぼの分割相続を繰り返すことで、どんどん小規模な区分けになり、生産性が低下する愚を表している」という説だ。

真偽の程は分からないが、要するに、広い土地(田んぼ)はまとまっているから生産効率が良くて価値が高いのであって、それを細かく切り刻んでしまうと、生産性が落ちて価値が下がる、という認識が大昔からあったということだ。

「田んぼを分ける」が「たわけ」に?

日本の小規模農家が、アメリカなどの大規模農家の生産性にかなわず、結果として価格競争で勝てないのと同じ構図だ。あるいは、1000世帯が住むタワマンを取り壊して、その跡地にせいぜい数十戸程度の戸建て住宅を建てるようなものか。

「時間」も「土地」と同じ。まとまると価値が高まる

細切れでは価値が低いものが、まとまることで何倍もの価値になる。これは「土地」だけでなく、「時間」も同じだ。

私が現役のころ、スケジュール管理をしてくれる秘書にお願いしていたルールがいくつかある。その一つは「予定はなるべくまとめて入れて欲しい」ということだ。

写真はあくまでイメージです

例えば一日のうちで、10時~11時に来客、14時~16時の2時間は会議、という2件の予定があったとする。

するとその日は、9時~10時は空き時間、10時~11時は来客、11時~12時は再び空き時間、12時~13時は昼休み、13時~14時は空き時間、14時~16時は会議、16時~17時は空き時間、となる。2つの予定(来客と会議)の前後に1時間の空き時間が4回もできる。

しかし、もしこの2つの予定をまとめて、9時~10時に来客、10時~12時は会議、とできれば午後はすべて空き時間となり、自由に使えるまとまった時間が生み出される。

「1時間×4コマ」と「4時間×1コマ」では価値が違う

小さく細切れになっている土地をまとめて、広い更地にして、そこに地上50階のタワマンを立てることで1000世帯が住める。それによって、元の土地の活用度は何倍にも跳ね上がる。

同じように、1時間ごとに細切れになる時間をまとめて4時間にすれば、例えばブログの記事1本が書ける。1時間ごとの細切れ時間に少しずつ書くこともできなくはないが、その都度思考が中断され、集中できないし、せっかくのアイデアが霧散したりして、極めて効率が悪くなる。

「1時間を4コマ」と「4時間の1コマ」では、合計は同じ「4時間」でも価値は同じではなく、後者の価値の方がずっと高くなる。

面積は同じでも価値は違う

細切れ時間の活用法

それでも現実の場面では、どうしても細切れの空き時間が発生することが多いだろう。例えば会議の時間も、自分が主催者でない限り、自分の都合だけで自由には決められない。

そんな時は、細切れ時間の中に、短時間で処理できる雑務をそこに詰め込んで、一気に片付けてしまうことだ。メールチェックや電話の折り返し、稟議書の決裁などなど、一つひとつに掛かる時間は少ないが、まとまるとそれなりに時間をとられる事柄を全部処理してしまい、アタマの中もスッキリさせておく。

そして、まとまった時間の中では、小さな雑務に極力時間を奪われないようにする。でないと、せっかくのまとまった価値の高い時間に、価値の低い雑務をやっていては意味がない。

せっかく地上げしてできた広大な土地の真ん中に、ポツンと一軒家を立ててしまい、タワマンを建てられなくしてしまうようなものだ。

休日の時間の使い方でも同じ

休日の時間の使い方でも考え方は全く同じだ。細かな雑用はバラバラと分散せずに、全部午前中にまとめて片付けてしまい、午後はたっぷりと好きな趣味などに当てる、というような使い方が理想だ。

一番愚かなのは、休日ど真ん中の正午ごろに歯医者とかの予約を入れて、せっかくの一日を2つに分断してしまうことだ。これでは遠方に出掛けたりできなくなり、せっかくの休日の価値が半減する。

一日を真っ二つに!

なので私は、通院や散髪、買い物などの雑務は、なるべく朝一番か夕方に寄せて、出来るだけ一日の真ん中の時間はフリーにするようにしている。

これは睡眠時間でも同じだろう。夜中に3時間で目覚めてしまい、何とか二度寝して合計6時間寝ても、一度も目覚めることなくまとめて6時間グッスリ眠った時ほどの爽快感は得られない。

仕事では効率性を考えるが、プライベートでは時間を浪費する、というのではもったいない。もともと少ない休日の貴重な時間こそ、「地上げ」でさらに価値を高めて何倍にもエンジョイしたいものだ。

まとめた時間で何を建てるか?

24時間は平等だが、まとめ方で実質価値は違ってくる

一日24時間の絶対量はみな同じだが、その分割の仕方で実質的価値は違ってくる。自由に使える時間をまとめるか、細切れにするか、で自由時間から生まれるパフォーマンスは雲泥の差になる。これを意識して何十年も続ければ、当然、一生の差はとてつもなくデカくなる。

一生で使える時間は、人生80年としても「24時間×365日×80年≒70万時間」ある。これを、自由時間をまとめることで実質的に20%価値を高められれば、「70万時間×20%÷24時間÷365日≒16年」なので、寿命が16年も延びるのと同じ効果になる。80歳で死んでも、実質的には96歳まで生きたのと同じ濃度の人生になる。

細切れのものをまとめて価値を上げる「地上げ」によって、「土地」のように「時間」の価値も高められる。

1.できるだけ自由時間をまとめる

2.細かな雑務は「細切れ時間」に片付けてしまう

この二つを実行するだけで効率が格段に高まり、時間の価値はずっと増す。これを、

「地(面の価値を)上げ(る)」=「地上げ」に対して、

「時(間の価値を)上げ(る)」=「時上げ」と呼ぼう。

ぜひ皆さんも、「時上げ」で細切れ時間の上にタワマンを建ててください。この「ジアゲ」なら、いくらやっても誰にも怒られることはないので(笑)

細切れ時間の上にタワマンを!

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