「シミるな~、花火の大きな一発が・・・」
隣の席のオジサンがしみじみと呟いている。スローな『もう一つの土曜日』の曲調に合わせて、単発の大玉花火が大音量ではじけるのを見上げながら。
初めて競馬場に行った。花火を見るために
まだ梅雨真っ最中の7月初旬の夜、仕事が終わってから電車を乗り継ぎ、私は生まれて初めて「競馬場」なるものに行った。府中市にある東京競馬場で、浜省兄貴のソロデビュー50周年記念イベントとして開かれた花火大会にめでたく当選したので。

電車の吊り広告に兄貴の名前が!
初めて乗った「京王競馬場線」の「府中競馬場前」駅で降りると、そこから東京競馬場まではずっとアーケードが続いており、ほぼ駅と一体化している。というより、競馬場のために作った専用駅のようなものか?

競馬場専用駅?
会場へと向かう道には、浜省コンサートでいつも見かける中高年の客だけでなく、浴衣を着た若いカップルなど、純粋に花火大会として楽しみに来ている人も多かった。

東京競馬場の外観
音楽と花火のコラボイベント
この東京競馬場での花火大会は、「音楽と花火の競演」をテーマに2022年にスタートし、これまでローリング・ストーンズやユーミンなどの音楽をテーマに開催されてきたそうだ。そして、2026年は浜省兄貴のソロデビュー50周年の記念イベントとして「浜田省吾 Flash And Shadow ~光と影の季節~」が開催された。

会場でウチワをもらった
チケットは浜省兄貴のコンサート並みの競争率で、25,000席のチケットがすぐ完売したようだが、運良く私は手にすることができた。ただ、事前の私の感覚では、花火大会のBGMに浜省の曲が流れるぐらいで、「メインはあくまで花火、音楽はサブ」というイメージだった。

めでたくチケットをゲット!
なので会場に行くまでは、「浜省本人が登場しない花火大会に8,800円は高くね?」と思っていた。しかし実際に行ってみると、「メインは音楽、花火はコンサート会場での照明代わり」という印象に変わった。
音源もレコーディングバージョンではなく、ライブバージョンが多く使われており、実際にライブ会場にいるような雰囲気だった。

浜省ファンが歓喜する曲目
オープニング曲は、イベントのサブタイトルにもなっている『光と影の季節』だ。そこから、『ラストショー』→『悲しみは雪のように』→『明日なき世代』→『さよならゲーム』→『もうひとつの土曜日』→『MONEY』→『I am a father』→『モノクロームの虹』→『J.BOY』と続き、ラストは『家路』で締められた。
浜省オールドファンが泣いて喜ぶ黄金のラインナップで、全11曲がノンストップで約1時間流れ続けた。実際、冒頭の隣のオジサンは、途中からずっと泣いていた。『I am a father』を聴きながら「お父さん、涙出るわ・・・」と泣き、全て終わったら「ほんま、来てよかったわ」と関西弁で呟きながらまた泣いていた。

首を直角に曲げて見上げる花火のド迫力
それらの曲に合わせて大量の花火が目の前で舞い、散る。まさに、通常のホールコンサートでのライト照明を、花火の閃光が代替している。
このイベントの売りのひとつが、河川敷などで遠目に花火を見るのとは違い、目の前で花火が観れる、という距離の近さである。観客席と打上げ場所までの距離が最短100mと非常に近く、文字通り真上に上がる花火を、首を直角に曲げて見上げる感覚だ。

なので、花火の煙と火薬の匂いや音の衝撃もダイレクトに体に感じる。スピーカーから流れる大音量の楽曲の重低音と、上空の花火からの振動がダブルで全身に響くのだ。
【隣のオジサンの声入り動画】IMG_2250
楽曲が1時間ノンストップで流れるので、それに合わせる花火も間断なく1時間ずっと打ち上げ続けられる。1時間で14,000発という打上げ数は、有名な隅田川花火大会(2会場で20,000発)よりも密度としては濃いようだ。驚いたことに、翌朝のテレビニュースでも取り上げられていた。

翌朝のテレビニュースで兄貴の名前が!
まるでコンサートを見終えた感覚
あっという間に1時間が過ぎてイベントは無事終了した。梅雨時なので途中で小雨が降ってきたが、誰も気にもとめずに花火に歓声を上げ続けていた。終わってから気付くと、スーツがかなり濡れていた。
イベントが終わった時、「花火大会」を見たというより、気分は完全に「浜省兄貴のコンサート」を観た、という感覚だった。兄貴本人は一切登場せず、映像すら映されることはなく、音だけであったにもかかわらず。
なので、下の記事で書いたように、兄貴の生コンサートを見られなくなった時に、フィルムコンサートは十分成立すると確信した。

ファンとの交流というオマケも
イベントが終わり余韻に浸りながら、自然と隣の席のオジサンと会話が始まった。もちろんお互い関西弁で。
すると、同郷の出身で、歳も一つしか違わないことが分かり、親近感が一気に増し、小雨のなか30分ぐらい話し込んだ。

その会話の中で、私は初めて「トリビュートバンド」なるものを知った。「コピーバンド」に似たものみたいだが、違いは「コピーバンド」は誰のコピーでもするが、「トリビュートバンド」は自分達がトリビュート(賛辞)するアーティストの曲しかやらない、という違いがあるようだ。
浜省の熱烈な信者であるそのオジサンは、当然、「コピー」ではなく「トリビュート」派であり、長らく浜省のトリビュートバンドでベースを弾いていたそうだ。私も、老後にやりたいことの一つに「浜省のコピーバンド」というのがずっとあるが、楽器は全くできないのでボーカルなら何とか・・・、という話をした。

すると、トリビュートバンドが演奏してくれる前でボーカルとして歌える店がある、とオジサンが教えてくれた。
なんとも夢のような話ではないか! いつかレイバンのグラサンをかけて駆けつけねば! と思いながら、『家路』についた。

本物の馬は見ることないまま・・・

