還暦を機に「辞世の句」を作ってみた。残りの人生でこの句を実現していくために

総帥の独り言

「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり・・・」と『敦盛』を舞って、信長は49歳で死んでいった(諸説あり)。

ひるがえって我が身を振り返ると、「人間五十年」のはずが、50歳をとうに過ぎ、先日、ついに還暦を迎え、赤いチャンチャンコを着て赤パンを履いた。(ゴルフでは既にずっと以前から、全身、真っ赤っか!だが・・・)

 

血筋と悪行?で早死にすると覚悟しながらも60歳を迎えられた

子供のころからずっと、自分はきっと早く死ぬだろうと思って生きていた。父方の家系が代々ガンで早くに亡くなっていたので、いつも私の母親からは「そんなことしてたらガンになるわよ!」と言われ続けていた。だから、漠然と自分も早くにガンで死ぬんだろう、と思っていた。

だから、ちょっと胸が痛いと「肺ガンかな?」、胃がキリキリすると「胃ガンかも?」、目が痛いだけでも「きっと目ガン(?)だ・・・」と、なんでもガンだと思いながら生きてきた。ガンのほかに詳しい病名も知らないので。そしてオヤジもやっぱり肺がんで79歳で亡くなった。

「目ガン」かも・・・

血筋に加え、自分自身も「○5歳」から煙草を吸ってたし、酒も毎日ガブ飲みしてるし、健康に悪いことばかりしてきた。なので、いつ死んでも仕方ないとずっと思っていた。それがまさか、60歳まで生きながらえようとは!?

そこで、還暦を機に、60歳で一度死んだつもりで、辞世の句を考えてみた。

 

還暦時点での辞世の句がこれだ!

「この世では、見るべきほどのものはすべて見つ。さあ、次のターンだ!」

前半部分は、平知盛(たいらのとももり)の「見るべき程の事をば見つ、今は何をか期すべき」から拝借したものだ。

これは、知盛が壇ノ浦の戦いで敗れ、入水自害する際に詠んだとされる句で、「見るべきことは、もはやすべて見た。このうえ何を望もうか」という意味だ。権勢を誇った平家の高級貴族らしい辞世の句だ。

知盛の足元にも及ばないが、私の場合、幸いこの世では、ひと様より多少、速く回る頭を授かった。そして、それを使って物事を実行していく意志力も多少はあるか? 日記を30年続ける程度に過ぎないが・・・

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さらに、それらを支える体も、決して強靭とは言えないが、この歳まで一度も入院すらしたことがない健康な身体を頂いた。(白内障手術で人生で1日だけ入院したが)

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残りの時間で句の世界を実現できるよう過ごそう

だからこれまで、大抵のことは思うように生きてこれた、ということなんだろうと思う。残りの時間ではそれをさらに進めて、かつての貴族には遠く及ばなくても、自分自身としては「全てやった!」と最後に言って死んでいけるようにしたい。

本当に死ぬ時にこの句を修正しなくていいように、残りの人生はこの句の通りに生きてみよう。それが実行出来たと思えたら、この句を自分の墓標に刻もう。

そして次の「ターン」である来世でも、また頑張る。次は「便器」として生まれてくるかもしれないけど(笑)

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