資産運用を本業としてきた人間から見る「FIRE生活」とは? ~「FIRE」を考えるシリーズ⑤~

「FIRE」を考えるシリーズ

「FIRE」を簡単に言うと「稼ぐ、ケチる、回す」というプロセスだ。

若いうちにできるだけ早くたくさん金儲けをして(稼ぐ)、そのカネを少しでも多く残すために倹約して(ケチる)、さっさと1~2億円程度の小金を貯めてそこから得られる運用収益で(回す)、それ以降は働かずに一生食べていく、というものだろう。

リタイアした後の生活とは?

ただ、FIREを達成して仕事をリタイアし、「稼ぐ」のはやめても、「ケチる」はFIRE達成後も死ぬまでずっと続けなければいけない。以前にも書いたが、自分で稼がなくなると気持ちが小さくなって、とたんにセコイ生活を送るようになる。

むかし「乗れないクルマ、会えない愛人・・・」、いま「FIRE」 ~時間とカネの「人生アロケーション」は難しい~
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そして「回す」も、一生、資産運用に神経を使い続けなければならない。運用者として人生の大半を送った身からすると、引退した後も株価や金利の動向に毎日神経を使う人生などまっぴらゴメンだ。一生、相場と付き合う人生などウンザリ・・・ 現役時代に嫌というほど、相場と格闘してきたのだから。

相場との闘いはもう十分・・・

運用で神経をすり減らしながら、生活費もなるべく抑えて節約を死ぬまで続けるなんて、どう考えてもツライ人生だ。

サラリーマンのように60歳で定年になって、「やっと運用の仕事から解放された!」ということもなく、逆に一生、相場という化け物と対峙し続けなければならない。

そんなことをするぐらいなら、相場と関係のない仕事で心穏やかに働いたほうがマシだ!と言いたくなる。

まぁ、今だから言えることで、若いころはそんな世界を理想だと私も思っていたのだが・・・

雇われ仕事から解放されても、逆にカネに支配される人生に?

FIRE生活は、「運用」や「節約」などの「人生を豊かにしないプロセス」をカネのために一生続けることになる。雇われ仕事から「独立」(インディペンデンス)して、逆にカネに一生「支配」されるのだ。FIREして経済的に自立して、会社や上司からは離れられても、カネそのものにむしろ一生支配される。だから若者が目指すFIREについて思う。「なんて辛い人生を選ぶのだ!」と。

本当の大金持ちになって、毎日、酒池肉林の豪遊をして人生を謳歌?するならいい。しかし、1億円程度の元本を必死で5%で回して、年間500万円程度の慎ましい生活を苦労しながら一生続けるためにFIREするぐらいなら、「働けば!?」だ。

「金に働いてもらう」ほどの金額があるなら別だが、1億円程度では到底無理だ。仮に小金はできても、遊んで暮らすのでなく、「雇われではない仕事」はどうせすることになる。ヒマだし、カネも足りないので。

カネからの自由度はむしろサラリーマンの方が高い?

カネから解放される、という意味では、実はサラリーマンの方がむしろいいかもしれない。

従業員に給料を払うための金策に悩まなければいけない経営者と違って、サラリーマンは給料の心配などしなくていい。1ヶ月間仕事に没頭していたら、カネのことなど一切考えなくても、気がつけば給料日にはちゃんと銀行に定額が入っている。

しかも、給料やボーナス以外にも、年金や退職金という形で、会社が老後の資金まで何十年間もちゃんと積み立ててくれていたりする。なので「カネからの自由度」という意味では、むしろサラリーマンの方が高いのではないか?

サラリーマンは気楽な稼業?

私が「FIRE」に失敗した理由とは?

カネからの自由度が高いはずのサラリーマンではなく、今で言う「FIRE」というツライ道を私が30数年前に目指していたのはナゼか? そして、それが失敗に終わった理由は何だったのか?

そもそも私がFIREを目指したのは、学生時代から「サラリーマンにだけはなりたくない!」という強い思いがあったからだ。モーレツサラリーマンであった父親の姿を子供のころから見ていて、「生活の安定と引き換えに、会社に支配される人生などまっぴらだ」と思っていた。しかし、大学4年間、資格を取るわけでもなく、起業するでもなく、遊びほうけて過ごした結果、自分もサラリーマンになるしかなかった。

それでも「サラリーマンの5年間で500万円貯めて、その金で起業する!」というのが社会人になるときの私の目標であった。そのため、少しでも早く金が貯められるよう、当時、サラリーマンの中では最も給料が良いと言われていた会社に入った。

しかし、サラリーマン生活にどっぷり浸かりながら日々生きているうちに、あっという間に5年などたってしまう。そして目標の500万円は貯まらず、そのうち結婚もし、子供もできて、住宅ローンを組んだら、立派な「社畜」の完成で、独立・起業など、夢のまた夢と遠のいていった。

会社に飼われる社畜の完成

社畜から脱出する唯一の手段が株の運用だった

そんな中でも、社畜人生から脱出できる唯一の可能性が、株による一攫千金だった。それも現物株ではシンキクサイので、大きくレバレッジの効くオプションで。(詳しくは以下の記事で)

相場が動くと、封印したはずの血がまた騒ぐ・・・
人生の残り時間では、もう相場などに煩わされず、釣りやゴルフなどの趣味に没頭して過ごしたい。今まで散々、相場には振り回されてきたんだから・・・ なので相場とは距離を置いて、本気で関わらないようにしよう、と思っていた。しかし、足元の歴史的変動を...

とにかく「社畜」から脱却するためにカネが必要だった。そして、独立したら「ベストヒルズ」を作って総帥として自分で事業をやる! という目標が次のステップとしてあったので、「トットと金をつかんでサッサと引退」という今の「FIRE」の発想とは少し違った。結局、それすら失敗したが・・・

逆に、私がFIREにすら失敗した理由は、結局、FIREを達成した後の具体的なビジョンが明確でなく、熱意も弱く、本気度が低かった、ということなのかもしれない。

ベストヒルズで何の事業をやるかが明確ではなく、株の不労所得で一攫千金を手にする手段ばかり考えていて、カネそのものが目的化していた。

所詮は、「あくせく働かずに優雅に暮らす」ぐらいのバカな夢しかなく、本気で「ベストヒルズ」を大きくする気がなかった。

そういうところを神様にはちゃんと見透かされていたのだろう。

そういう意味では、私の「うつわ」が小さなままだったので、それ以上のカネは手に入らなかった、ということなのだと、「うつわソムリエ」となった今になって分かった。

金魚は「金魚鉢」以上には大きくなれない。人間も自分の「うつわ」以上のカネは持てない 
当たり前だが、金魚は自分が入れられた金魚鉢以上には大きくなれない。いくらエサをガンガン食っても、鉢をぶち破って外に出ることはできない。周囲との距離を反映して、その範囲内で許される大きさまでしか育たない。 同じように、会社は社長の器(うつわ)...

 

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