横須賀と呉で「軍港巡り船」に乗ってきた。そして終戦記念日にて思う・・・

総帥の独り言

8月15日は終戦記念日で、今年は80周年にあたるそうだ。日本にとって最後の戦争である太平洋戦争が終わって80年が経つということは、戦争を知っている人が日本にはほとんどいなくなった、ということだ。実際、我々が普段生活をしていて、戦争のことを考える機会などほとんどない。

二つの軍港を訪ねてきた

そんな中、偶然、呉に仕事で行った際、呉港で観光船に乗って軍港巡りをした。

軍港「呉港」の遠景

呉といえば戦艦大和の故郷だ。今でも町中に大和があふれている。その大和が造られたドックや、港に停泊している日米の軍艦を、元海上自衛隊員であったガイドさんの解説を聞きながら、海上から間近に見た。

「大和」を生んだドックを海上から見る

米軍の空母も目の前に

そして、どんな思いを込めて大和が造られ、そして沈んでいったか、という歴史を改めて学んだ。さらに、戦時中に日本近海に仕掛けられた無数の敵軍の機雷を、終戦以降、海上自衛隊が命懸けで回収した、ということを知った。

今でも呉のシンボルである「大和」

また海軍では、毎週金曜日にカレーを食べるそうだ。長い海上生活で変化の乏しい毎日の中で、曜日の感覚を維持するための工夫らしい。オレも引退して「サンデー毎日」(毎日が日曜日)状態になったら、金曜日にはカレーを食べるようにしようと思った(^^)

名物「海軍カレー」

そして先日、横須賀港でも軍港巡り船に乗ってみた。現在日本には、横須賀、舞鶴、呉、佐世保の4つの軍港があるので、そのうちの半分の軍港を訪ねたことになる。

横須賀の軍港巡りには長蛇の列が

横須賀港には米軍基地もあるので、アメリカの軍艦も多く停泊している。

米軍基地に日本の潜水艦が停泊

横須賀では、日露戦争でバルチック艦隊を破った東郷平八郎の戦艦「三笠」がヒーローで、記念艦として、今も実物が保存されている。

日本海海戦のヒーロー「戦艦三笠」

他にもイージス艦や潜水艦がたくさん停泊しており、ここでは今でも戦争が身近なものに感じる。

たくさんの軍艦が

軍港巡りをして自衛隊に対する見方が変わった

この二つの軍港巡りをして、私の自衛隊に対する見方が変わった。少なくとも海上自衛隊に対しては。

私はこれまで、日本という国は極東の孤島で、ガラパゴス島のように、外界との接触がない閉ざされた世界の中で、独自の文化・文明を築いて進化してきた国だというイメージを抱いていた。しかし、それは大きな勘違いであった。

少なくとも、日清戦争、日露戦争、そして太平洋戦争へと続く一連の近代史の中では、アジアの近隣諸国が欧米の列強の植民地と化していく中で、日本は文字通り命がけで独立を勝ち取ってきたのだ。

決して、誰も犯しに来ることのない平和な孤島であったわけではない。ペリーに始まり、中国、ロシア、そして援助のふりをしつつ虎視眈々と隙を狙う欧州の列強、みな極東の黄金の国「ジパング」を狙っていた。それを自力で跳ね返したのだ。

バブル全盛期でも授業中に中核派が乱入してきて授業を乗っ取る、というのが日常茶飯事で、「反中央・反権力」主義の京大で学生時代を過ごした私は、右か左か、どちらかと言われれば「左」に重心がある。校門の前で、同級生の活動家が機動隊とにらみ合っているのを見ていたので、機動隊や自衛隊は権力の象徴として、本能的に身体が拒否反応を示す。

卒業証書がない!オレってホントに大学を卒業したんだっけ??
「あの卒業証書は、私の中では本物であると思ってます」と伊東市の某市長が言ってる報道を見てふと思った。「そういえば、オレの大学の卒業証書はどこにあったっけ?」と。 書斎の押入れを探してみたが、高校の卒業証書は見つかったが、大学のは、ない。 そ...

そんな私が、二つの軍港巡りをしたことで、少なくとも海上自衛隊に対する見方が変わった。そして、学生の修学旅行などでも軍港巡りをさせた方がいい、とさえ思った。

軍港巡りをして自衛について思いを馳せる

「自分の身は自分で守るしかない」ということの意味

最後の最後には、自分のことは自分で命を張って守る以外にない。そのためにすべきことがある、ということを正しく教えた方がよいと感じた。これは武士道とも通底するのではないか。武士なら、普段から刀を手入れし、剣術を日々磨くのだ。国を自衛するのも同じだろう。

自分を守ることの意味とは?

ただ、「国を守るために命を懸けて戦う」というのは、実際には概念が広すぎて実感が伴いにくい。恐らく、兵隊さんはみな、最後は国ではなく、自分の愛する家族たち、親・兄弟・妻子を守るために、恐怖に打ち勝って敵に向かっていったのだろう。

彼らが命を懸けて守ろうとした日本と日本人。ちょうどお盆でこの世に帰ってきた兵隊さんたちが、80年後のこの国と人々を見て、どう思うのだろうか?

こんな国にするために自分たちは死んでいったのではない!と怒るのか?それとも、今の我々が、なに不自由なく平和に暮らしているだけで、守ったかいがあったと喜んでくれるのか?

彼らに恥じないように生きねば、と終戦記念日にて思う。

 

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