「誘っていただいた来月のゴルフですが、参加の『方向』で『調整』させて頂きますので、しばらくお待ちください」
ゴルフフェスタの参加メンバー集めをしていた時のある後輩からの返答だ。

『方向』で、『調整』って、お前は政治家先生か! 『前向き』に、『検討』します、というのは、彼らが断るときの常套句であるが、それと同じぐらい曖昧である。
我々は「政治家」ではなく「ビジネスマン」である。なにを中途半端なことをゴチャゴチャ言うとんねん! オレが欲しいのは、イエスかノーの即答である。アンタがダメなら、さっさと他を当たるので、勿体をつけてハッキリしないのが一番タチが悪い。
ビジネスの場面で言えば、この世で競合相手がおらず、自分の都合だけで生きてる独占企業の発想である。普通の民間営利企業なら、スピードは大きな競争力であり、意思決定が遅くてモタモタしていたら他社に取られるのは当たり前だ。
「行こうかな?でも暑いし、やっぱりやめとこうかな?」といつまでもグズグズ悩むだけ、自分も周りも人生の浪費である。「行きます!」とスパッと決めて、あとはそれを実現できるように万難を排して頑張るだけ。どうしても難しそうなら、最初から「スンマセン、今回は無理です!」と諦めて、誘われたことも忘れてしまえばよい。
「ハッキリ決める」⇒「決めたらそれをキッチリやりとげる」⇒「以上!」の3段論法?が人生をシンプルにするコツだ。
やるべきことと、やらないことをハッキリ決める。そして、一度「やる!」と決めたら、そのことの是非とか、ああすればよかったんじゃないか、とか後からグズグズ考えない。「決めたことを達成するにはどうすればいいか」だけを考えてベストを尽くす。それ以上でも以下でもない。
そうやって日々生きている方が、アレコレ悩む必要がなくなって、人生がシンプルになり、生きやすいと私は思う。
「決めたらやる!」だけで巨大企業になれる
私の前職の会社は、バリバリの「営業の会社」で、決められた目標は何があっても達成する、という思想が全社に徹底していた。ホワイトでユルい令和の感覚では、ただのブラック企業でしかなく、功罪はあろうが、「何が何でも目標を達成する!」というその精神は今でもスゴイと思うし、私自身の中にも無意識に根付いている思想だ。
毎年、年度初になると、各支店ごとに「年責」という目標額が割り振られる。「年貢(ねんぐ)」ではなく「年責(ねんせき)」と言い、「年間責任額」の略である。これは必達目標であり、これを1円でも下回るとその支店長は一発でアウト!である。99.9%達成しても0.1%足りなければ「未達者」の烙印を押され、「惜しかった」という評価はない。「出来たか」「出来なかったか」の二元論しかないのだ。
その支店の年責が、次は支店の下にある「支部」に割り振られ、「支部長」はその達成に命をかける。さらに、支部の中では一人一人の末端営業員まで必達目標として割り振られる。こうして、全国の何万人という営業員が、毎日毎日、「年責」の必達に向け、日本全国津々浦々で動き回っているのだから、このパワーが積み上がると凄まじい。
達成できないと大変なことになる「年責」だから、その金額をいくらにするか、というのは当事者にとってみれば死活問題である。なので、金額決定までは色々と議論もするが、所詮は「目標」なので、全てが合理的に説明しきれるものでもない。だから最後は「エイヤ!」で決まる部分もある。
それでも、一旦数字が決まると、誰もそのことについて後から文句は言わない。「今年は年責が急に増えたから達成できなかったんだ・・・」などという泣き言は誰も言わないし、言っても相手にされない。
決まるまでは主張もするが、一旦、決まってしまえば、あとはそれをやるだけ。そうやってシンプルなルールで全社が動いていることで、百年以上も業界トップとして君臨しているおかしな会社なのだ。
以前にも以下の記事で書いたが、「決めたことをやる」というのは、簡単なようで実際にはとても難しいが、逆にそれができれば大きな結果になる。

そして、決めたことについてアレコレ悩んでる暇があれば、その時間で目標達成のための努力をした方が人生が楽だ。そして一つの目標が終われば、また次の目標を決めて、その達成に熱中する。そんな人生の方が、グズグズ迷っているだけで終わるより、よほどいいではないか。
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